「そんなことはどーでもいいんだよ!!」
目の前の老刑事は机をバンと叩き、そう言った。
私の目の前に座るこの老刑事の眉間には、歴史を物語る深いシワと鋭い眼光は数々の容疑者の口を割らしてきたであろう迫力がある。髪は白髪混じりであるが、そのグラデーションはこの職務の大変さを物語っている。
そう私は突如、刑事達に連行され、取り調べを受けることになったのだ。老刑事の背後の壁には窓があり、もれなく鉄格子が施してある。その窓からの日差しがとても強く、何気ない日常の大切さを訴えているようだ。また壁を見渡すと所々、何かを擦ったような黒い着色や傷があり、過去に厳しい取り調べか、容疑者の抵抗があったのかと憶測してしまい、この場にいる緊張感がより高まった。
この狭い取り調べ室には老刑事の他に、身長が高く短髪の爽やかな風貌の若手刑事が老刑事の傍に立ち、ドアの近くには事務的な雰囲気を漂わす書記官が机に向かっている。まぁ、刑事ドラマでよく見る光景である。しかも若手刑事は老刑事をかなり慕ってるようで、老刑事の言うことに「はい、はい」と力強く返事し、その有り余るエネルギーを今にもこちらにぶつけてきそうである。
しかし、これだけはハッキリしておきたい。
私は何もやっていない。本当に何もやっちゃいないのだ。確かに私は聖者のような人間ではない。過去には多少のルールを破ったことはあるが、法に触れるようなマネはいっさいしていない。だが、私を睨みつけるこの老刑事は何もしていないのにどこかやましい気持ちさせるからタチが悪い。さぁ、困った。本当に困った。そもそもこの取り調べ室にいること自体、裁きを下されているようである。犯人達はこの場において、なかなか口を割らずに粘れるなと思う。仮に私が本当に何かしていれば、すぐゲロするだろう。いや、刑事達が連行しに来た時点で白状をする。私は一応、潔い人間なのだ。
だからさっき、私は老刑事に自分を犯人扱いするなら、その証拠を出してみろと逆に言ってやった。そうしたら老刑事は机を叩き、「そんなことはどーでもいいんだよ!!」と感情を露わにしてきたのだった。
そんな老刑事は改めて口を開いた。
「お前は2日前の午後11時半頃、いったい何処にいた?」
アリバイか・・・。さぁ、困った。
刑事ドラマでよく知っているぞ。一人暮らしではアリバイの証明にならんことを・・・。それにその時間は、なけなしの金で買った大画面液晶テレビでBlu-rayの大人の映像(DVDとは違うのである、DVDとは!!)を見ながら・・・、まぁ、これ以上をやめておこう。
老刑事は右手を机に置き、体を横向きにして、左手をだらんとさせていた。傍の若手刑事は腕を組んでこちらを睨みつけ、靴のつま先でを一定のリズムを刻む。革靴特有の底の硬さで音がよく聞こえる。これも取り調べのテクニックなのだろうか。
まぁ、私は何もやっていない。だから、ちゃんと答えるしかない。
「その時間は家にいた・・・。」
老刑事はその瞬間、カウンター呪文のごとく「それを証明する人は?」を唱えてきた。
まったく、マストカウンターである。クソ、Blu-rayの彼女をこの場に召喚する訳には行かない。でも、負け戦だと分かっていてもちゃんと答えるしかないのだ。
「いない。一人暮らしだ・・・。」
「じゃあ、その時間、家で何をしていた?」
そう来たか!!困った。
くそ、ここは嘘をつく訳にはいかん。いくらインチキな逮捕をされても、真実は何もしていないのである。これから私が答えることは、私が何もしていないが故のことだ。さぁ、恥を捨てて、私の真実を白日の下に晒してやる!!
「大画面液晶テレビで、A○を見てた!!それから"ナニ"をしていたか、察しがつくだろう(余談だが、ナニの部分のイントネーションは"ナ"が下で)!!」
その瞬間、書記官がプッと吹き出した。これが絶妙な緊張と緩和である。どんな時でもユーモアは必要だ。しかし、これはネタではない。真実なのだ。老刑事は私の言葉に呆気に取られていた。
それを察したのか、恩師をサポートするかの如く、若手刑事がこちらに身を乗り出して言った。
「どの女優のやつを見ていた!?」
「そんなことはどーでもいいんだよ、アリバイの話をしてんだよ!!」
老刑事は机を叩き、漫才のテンポで若手刑事にそうツッコんだ。それを受けた若手刑事は「す、すいません」と、引き下がった。
「お、お前、これは取り調べだぞ、今はそんなことは聞くな・・・。絶対にだぞ、絶対に・・・。」
老刑事は若手刑事になぜか念を押した。老刑事は仕切り直すように、「その時間は家でA○を見てたんだな!?」と確認してきた。父親くらいの年齢の人からA○という単語が飛び出すのは、実に複雑である。すると、若手刑事はまたこちらに身を乗り出して言った。
「ジャンルは!!」
「そんなことはどーでもいいんだよ、アリバイの話してんだよ!!」
また、老刑事は若手刑事にツッコんだ。
私の答えたA○は思わぬ効果を生んだようだ。その効果は場をカオスに変えたのだ。昔、某カードゲームではカオス、強かったもんな。懐かしいぜ☆。
「おい、あまりこちらの手を煩わせるなよ・・・。」
老刑事は低いトーンでそう言ったものの、もはや最初の迫力はない。だが、続け様にとんでもないことを聞いてきた。
「で、ジャンルは?」
おい、お前も興味あったんかい!!しかも、あの若手刑事がこちらを興味津々で見てるじゃねぇか。
まぁ相手は警察だ。ここで嘘をつくと後々、不利になりそうだ。なんか、よくは知らんが偽証罪だっけ?私は何もしちゃいないがそんなことで裁かれる訳にはいかん。しっかり答えよう。
「素人モノ・・・。」
「そんなことはどーでもいいんだよ、アリバイの話してんだよ!!」
そうくるんかーい!!そういや、書記のヤツ、肩震わせてるじゃねぇか!!
「おい、真面目に答えろよ、ここを何処だと思ってんだ。」
また真剣なトーンになった老刑事。切り替えが早すぎる。そもそも、これはお前が仕掛けたんだからな。
すると、横から若手刑事が「そうだ、ふざけるのもいい加減にしろよ。」と言ってきた。
なんか、すげームカつく。老刑事に言われるならまだしも、こいつに言われるのはほんとに腹が立つ。
「うるせぇ、調子乗んな、若造が!」
私は若手刑事に向かってそう言ってやった。
「そんなことはどーでもいいんだよ!!」
即座に老刑事はカウンターをかましてきた。
分かったよ、分かった・・・、俺が悪かったよ。
老刑事は腕を組みながら、ため息混じりで「2日前の11時半、お前は覆面を被り、拳銃でコンビニ店コンビマートの店員を脅して強盗を働いたんだ。まだシラをきるのか・・・?」と言った。
どうやら、私には強盗の容疑がかかっているようだ。当然だが私には全く身に覚えがない。いっそ、家宅捜査でもやって・・・、いや、そんなことされたら、私のA○コレクションが晒されることになってしまう。それはそれで困る。ここは家宅捜査されずに彼女達の秘密♡を守り、さらには私への容疑を晴らさなければならないのだ。
「いいのか、そんなんで・・・。お前、母ちゃんを悲しませるなよ。だから、正直に話しちゃくれんか?」
老刑事はついに切り札を使ってきた。"母ちゃん"である。きっと今まで、自分が取り調べしてきた犯人達には刺さったのだろう。所謂、殺し文句というヤツだ。だが、その手は食わん。私はやっていない。しかも、ムカつくのが"母ちゃん"という言い方である。何が"母ちゃん"だよ、カッコつけんな。どうせ自分で言って、自分で味があるとか思ってるんだろう。
ふと若手刑事に目をやると老刑事の"母ちゃん"という言葉を受けて、さっきまでの臨戦態勢から、こちらの心配するような眼差しになっていた。ここから取り調べの佳境という、さっきまでの激しい雰囲気からのチェンジオブベースを演出しているのか?あぁ、またムカつく。
そもそも、なぜ私を犯人だと断定したのか?そんな疑問が湧いてきた。
「ひとつ、聞きたい。コンビニの防犯カメラに私が写っていたのか?どうなんだ?」
「そうだ、お前によく似た背格好の男が強盗犯だ。それにお前はあのコンビニの常連だったな。」
「そうだ。歩きで行けるからな。だが、それで私を犯人と決めつけるのは早計だ。」
すると、「で、なぜ常連なんだ?」と若手刑事が聞いてきた。
「なぜ常連って、そりゃ家が近いだけだ。他に理由はない・・・。」
「それだけではないだろう!!」
急に老刑事のスイッチが入った。
「こんな証言があったぞ・・・。」
「な、なんだよ?」
「お前はあのコンビニの女性店員に好意を抱いてるらしいな。それであのコンビニの常連になったんだな。まぁ、事件の時は別の店員だったが、お前はあのコンビニとは少なからず接点があるようだ。」
けっ、誰がチクりやがったんだ。
「まぁ、これは事件とは関係ない。その店員さんの何処が好きなんだ?聞かせてくれ。」
そう言った老刑事はどこか和やかな表情に変わっていた。いくらキャリアのある人でも、時折こういう話題を挟まないとやっていられないのだろう。よく取り調べで雑談があるとは耳にする。この取り調べではじめて緊張の糸がほぐれた瞬間だった。まさに一時休戦である。若手刑事も前のめりに聞きたそうにしている。
私は正直に答えた。
「まぁ、とても綺麗な人だよ・・・。」
バンと老刑事が机を叩く。
「そんなことはどーでもいいんだよ!!」
恥をかかされただけである。流石に"怒る(いか)る"だ。
「お前が聞いてきたんだろう!!どーでもよくねぇだろう!!」
「そんなことはどーでもいいんだよ、お前が犯した殺人事件の話してんだよ!!」
「罪が重くなってるじゃねぇかよ!!」
「人を殺していい理由などない!!」
刑事ドラマで聞くようなセリフを感情フルスロットルで吐いてきやがった。そんなことを言われる筋合いはない。私は机を思い切り叩いて立ち上がって言った。
「この冤罪刑事が!!」
すると、若手刑事が「落ち着け」と言って私の両肩を掴み、強引に椅子に座らせた。
呼吸が荒くなる。「落ち着け」と言われても無理だ。老刑事には疲れが見える。確かに年齢的なこともあるだろうが、取り調べは戦いでもある。相手を落とすために相手の反応を分析し、それからどんな切り口で攻めるかとか、常に張り詰めた気持ちでいるのだろう。だが、そもそも色々とバグっているのは向こうである。それにあの若手刑事も大変だよな。こんな訳のわからんおっさんの指導を受けているのだからな。
「おい、いい加減吐いたらどうだ・・・?」と、老刑事は口火を切った。だから私は敢えて、自ら切り出してみた。
「何のことだ?私が殺人でもやったかことか・・・?」
「そんなことはどーでもいいんだよ、コンビニ強盗の話をしてんだよ!!」
こいつどんな仕組みなんだよ!!でもまあ、元の容疑には戻った。いや、そんなことで喜んではいけない。私は何もやっていないのである。
「最初に言ったけどなぁ・・・、私はその日、一人で家に居たんだ・・・。」
若手刑事が「それじゃ、アリバイの証明にはならん。」と、忘れた頃に存在を主張してきた。老刑事はそれに続いて、「お前はやったのか?やってないのか、どっちなんだ?」と聞いてきた。だから私は答えてやった。
「"何"もしてねぇよ!!」
「オ○○ーはしてたろ!!」
老刑事から、とんでもない単語が飛び出し、書記官が「プッ」とまた吹き出した。そういや、アンタの存在もすっかり忘れていた。
もう訳がわからない。私にどうして欲しいのか・・・。
私は呆れ果てて、若手刑事に尋ねてみることにした。
「ちょっと兄さん、マジで聞きたいことがあるんだが・・・。」
「どうした?」
「アンタのおやじさん、本当にベテラン?」
老刑事は私の言葉に反応して、「そんなことど・・・」と言いかけたが、私は手で制し「ちょっと黙ってて」と、若手刑事に話し続けた。
「さっさと引退してもらった方がいいぞ。君も大変だろう?こんな人が師匠だなんて・・・。」
若手刑事は困った顔をしながら、「まあ・・・」と言葉を濁すだけだった。でも即座に否定しないということは、この若手刑事もそう思っているようだ。
すると老刑事は若手刑事に「おい、俺はお前が生まれる前から刑事(デカ)やってんだ!!そんな俺に対して、お前はなんと思ってるんだ!?」と怒りを露わにした。
だから、私は机を叩いて言ってやったんだ。
「そんなことはどーでもいいんだよ!!アンタが引退するか、しないかの話をしてんだよ!!」